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日記・コラム・つぶやき

2008年8月27日 (水)

「腹落ち」

― 「腹落ち」する ―

「ビジネス頭を創る7つのフレームワーク力(勝間和代・著)」のAUDIO BOOKを聴いて一番耳に残った言葉が「腹落ち」でした。
「腹落ち」するとは心の底から納得するということだと理解しています。
「腹落ち」するレベルまで理解が深まると、考え方が変わります。考え方が変わるとこれからの行動が変わります。
自分が「腹落ち」する、または相手に「腹落ち」してもらう。
その方法をこの本から教えてもらいました。いくつもの事柄が出てきましたが、すぐにでも実践できることの例としては、例えば、、

― 「何故?」を5回繰り返す。 ―
それは何故か?それは「腹落ち」するまで理解するため。

― 「それって本当?」と前提を疑う。 ―
何故か?それは「腹落ち」するまで理解するため。

― 数字を使ってコミュニケーションしていく ―
「腹落ち」するまで理解するため。

何故、言語力は比喩の力がカギとなるのか?それは人にわかりやすく説明するためであり、「腹落ち」してもらうためだから。

つまり、「ビジネス頭」とは自ら「腹落ち」する力、そして相手に「腹落ち」してもらう力だと、この本を通して感じました。
そしてフレームワーク力も「腹落ち」する、してもらうための手段。

でも、感じただけでは「腹落ち」していないんですよね。
能動的に行動まで至ってはじめて「腹落ち」することになるのでしょう。
やはり行動なんだ。

感謝。

2008年8月11日 (月)

戦略を行動に移す

― 種戦略は、多くの人を巻き込み、実際のビジネス環境の変化と実行の中で新たに見つかった情報をフィードバックしながら頻繁に修正され、最終的に巨大な戦略プロジェクトとして完成する ―
(「あたらしい戦略の教科書」<酒井穣・著>より引用)

きっと、きっかけは些細なことなのかもしれません。あの人が言った何気ない一言、とか、たまたま目に入った広告の1フレーズとか。それらをいかにして汲み取っていくか。「戦略」とは、ビジネス上でいうと、「幸運」なことではないかと思います。「幸運」を得るためにはチャンスが必要です。チャンスってどこにあるんだろう。きっとボクの足元に初めから転がっていたり、あるいはころころと転がってきたり・・・。そういったチャンスをチャンスと思えるかどうか。だから、チャンスとは「いつでも」「そこに」あるものなんだと思います。
チャンスを拾い上げ、それをアイディアに変える。きっと大量のチャンスを拾い続けることで、やがてその中の数%がアイディアに発展していくのではないかと思うのです。まるで海がめのタマゴ。そのアイディアが「種戦略」となるのでしょう。
酒井氏はその種戦略を巨大な戦略プロジェクトに変化する法を我々に説いてくれているのだと思います。

巨大な、巨大ではなくても重要であろう自分の立てた戦略に、多くの人から関心を持ってもらい、かつその戦略を理解してもらわなければならないのですが、自分のアイディアを分かりやすく伝え、理解してもらうための方法の1つとして、「ストラテジック・プリンシプル(戦略方針)」について紹介されていました。

―戦略のエッセンスを「短くて覚えやすいフレーズ」にまとめて関係者の間で広く共有することで、戦略プロジェクトに関わる人から戦略に沿った行動を引き出す ―
(「あたらしい戦略の教科書」<酒井穣・著>より引用)

戦略のキャッチコピーが必要だというわけですね。それは考えもしなかったことです。ボクも仕事柄、現場レベルでの戦略についてやさまざまな企画書を書くのですが、時には長々と文章の羅列に終わってしまうこともしばしば。これから企画書を作る際には、この戦略のキャッチフレーズを考えて載せるようにしましょう。できるかどうか、乞うご期待。なんだか面白そうですね。戦略のキャッチコピーとは、その会社の経営方針そのもの。である場合も多いのではないでしょうか。

それにしても、いい戦略を考えることが目的ではなく、戦略に沿って行動する(あるいは行動してもらう)ことが目的であり重要だということに気づいているのに実践できないことが多いような気がします。どうしたら行動できるのでしょう。行動すること、変化を恐れる人を奮い立たせるにはどうしたらいいのでしょう。もしかしたら自分自身のことかもしれませんが。

― 「現状維持のほうが、戦略を実行するよりも危険であり、かつ変化の先にはまだ希望(もしくは利益)がある」  ―
(「あたらしい戦略の教科書」<酒井穣・著>より引用)

何だかドキッとさせられました。

感謝。




2008年8月 7日 (木)

地図

ボクは、地図を見るのがとても好きです。何故か分からないがとても落ち着くんですよね。安らぎ、癒し、そういう類に限りなく近いと思います。と同時にとてもワクワクしたりもします。

そういえばボクの両親がボクの小さい頃のことを思い出して今でも言うのは、畳の上に寝そべりながら地図ばかり見ていた子供だったそうです。教材にあった地図帳を飽きずにずっと見ていた子供だったそう。今でも、子どもの教科書の地図帳を見ていることもあるぐらい。

だからGoogle Mapも、Google Earthも好きだし、カーナビも例外ではありません。(余談ですが、Google Earthでは、ストリートビューというサービスが始まりました)また、ついこの前、新車に乗り換えたのですが、何もいらないからナビだけはつけさせてくれと、妻に再三説得に当たり、ようやくOPで付けられました。もちろん、地図の本も車には搭載してあるのですが。

でもどうしてこんなにも地図が好きなのだろうって思うんです。
その理由の1つには、今どこにいるのか確認することで安心できるからだということが挙げられるかもしれません。現在地はどこなのか。周りには何があるのか。この先には何が待ち構えているのか。そして今のボクはどうやってここまで来たのか。それらが分かることで妙に落ち着くわけです。また道順だけではなく、距離と時間も正確に把握したいし、実際に地図でそれらが大体の線で判断できたりしますよね。

何かの本で昔読んだような気がするのですが、常に現在地を確認するという習性は、太古の昔、狩猟に出た男がどこにどうやって行けば獲物を発見できるか、そしてそこから獲物を持ってどうやって家に帰るつくのかを判断するために持って生まれた本能だというのだけど、記憶が定かではないですね。

― 戦略とは― 「現在地」と「目的地」を結ぶルートのことである。 ―

― 優れた戦略を立てるためには、現在地の確認が鍵になる ―

(「あたらしい戦略の教科書」<酒井穣・著>より引用)

目的地という結果を求めるために、現在地という原因を探る必要があると思うのです。そのための必須アイテムが地図である、のだと。地図といっても色々あって、ポケット版?全国版?ナビ?何の地図を使うかによっても「戦略」というルートが変わってきますよね。もしかすると何種類かの地図を組み合わせることもあるかもしれません。どんな地図を何種類、しかもそれぞれの地図のどこを使うのかによって、ゴールの辿り着き方も変わってくる。その辿り着き方そのものが戦略ということなんでしょうか。地図はすなわち戦略を達成するための大事なツールでもあると。でもその地図が古かったりすると、無いはずのところに道が出来ていたり、一般道だったはずが高速道路になっていたりすることに気づかぬまま進むことになります。ルートを誤る危険性がある。だから地図も常に更新作業が必要になってきます。

― 仮に目的地にたどり着けないとしても、目的地と現在地とを結ぶための戦略を育て続けるという態度が、業績を向上させる ―

(「あたらしい戦略の教科書」<酒井穣・著>より引用)

最初にゴールと定めて、そこに向かっていったところが、実は定めたゴールはゴールではなく、途中だった。ということもあるのではないでしょうか。いや、そうではなく、ゴールにたどり着いたと同時に新しいゴールが発見できたというべきかもしれません。それがすなわち「戦略を育てる」ということになるのではないかと思います。諦めるわけではなく、ゴールにたどり着くために地図をにらみながら現在地と軌跡と行く先を確認しながら、目の前のことに愚直に取り組んでいるうちに、ゴールが見え始め、やがてたどり着く。そしてまたそこを基点として新しいゴールに向かって歩き出す。

または、ゴールと思って進んでいるうちに、違う地点の方にこそ意義があるということに気づき、ルートを、つまり戦略を変更してでも、今までのゴールに見切りをつけ、新たなゴールに向かう。

仕事ってそういうことなのかもしれませんね。

何にせよ、地図が大事ですね。ボクの地図は、最新情報に更新できているのか。地図はつまり、ボクが、今まで本を読んだり、人に聴いたり、体験したりしながら集め、捨て、分析しながら形成された情報ボックスです。地図も生もの。その地図があってこそ、生きた戦略が生まれるわけですね、きっと。

感謝。

2008年7月30日 (水)

成功とは自分を変えるということ

例えば、今こうして生きているのは、ボク自身がそう願った結果からなのだろうか。この場合の「生きている」というのは、息を吸ってはいて、という意味ではなく、40歳という年齢に達した今、こうして何回かの転職を経て、仕事をして、家庭を持ち、家のローンを抱え・・・という意味のことだ。ボクはこういう人生を歩もうと思っていたのだろうか。
自分自身でまだその答えが見つかったわけでも、納得しているわけでもないのだが、少なくとも、自分の今まで生きてきた過程が原因となり、今という結果が生まれているのかもしれない、ということを考えさせられる機会となったことは認める。
そういう思いを巡らされたきっかけとなった本が「原因と結果の法則(ジェームス・アレン著)」だ。オーディオブックで聴いたので、実際には音として記憶している。

― 「私達は考えた通りの人間である」、
「心の中の思いが私達を作っている」、
「『環境』は『思い』から生まれる」、―

―人間は環境を変えることには積極的だが、自分自身を変えることには消極的である。環境がなかなか変わらない理由はここにある。―

環境を変えなければ・・・。という言葉はあちらこちらでよく聴かれると思う。ところが環境を変えるのではなく、自分を変えるというのだ。「自分」=「原因」であり、「環境」=「結果」ということになる。なるほど、結果を変えようとしたって変わるわけはない。原因となる根本的問題を変えることで結果が変わる。つまり、自分を変える。

また、結果には成功と失敗の2種類がある。どちらに当てはまるのかは自分次第だ。失敗だと思うのであれば、次に成功するように努力することだ。つまり、自分を変えることだ。「原因と結果の法則」では、成功についてこうも言っている。

― 成功を願うのならば、それ相当の自己犠牲を払わなければならない。―

自己犠牲とは、現状の自分に満足するのではなく、今までの自分を変える、ということに他ならない。好きなことだけする、できることだけする、だけでは自分は変えられない。成功するとは今まで出来なかったことが出来るようになるということと同義だ。だから出来ないことを出来るように努力するという、自己犠牲が必要となる。

例えば、子どもを例にとると、どうしても2桁以上の掛け算が苦手だとする。その子どもはその苦手な2桁以上の掛け算を出来るようになりたいと思っている。ではどうするか。願うだけでは出来るようにはなれないことぐらいは子どもでも分かる。そこで、好きなDSをやる時間を減らし、計算ドリルを毎日欠かさずやる。1ヶ月それを継続するとする。やがてその子は2桁以上の計算が苦手ではなくなり、スイスイと計算ができるようになる。この好きなDSをやる時間を計算ドリルをする時間に充てるということがその子にとっての自己犠牲なのである。その自己犠牲の結果、成功が積み重なる。

― 成功する人=自分の人生に納得できる人 ―

そういえば、唐突だが、前回引用した書籍「ガルシアからの手紙」にも成功についてこう記されてあった。

― 賢い人とは、他人の失敗から学び取り、愚かな人は、自らの失敗からすら何も学ばない。 ―

また、数年前に読んだ「Letters To Me(アレックス・ロビラ著)」にも成功について、書かれていたことを思い出した。何かの引用だったのだろうか、とにかくボクはこの言葉を、今でも続けている日記帳の端に当時記してあったのだ。

― 「勝者とは、成功を伴侶とし、失敗を友人とできる者のことである」失敗から、人は力強い根を張る道を選ぶのでしょう。―

ボクは、「失敗してもいいんだ、友達になれる失敗なら」と変に気が楽になったことを思い出した。もちろん、それには自分を変えるという努力が必要とされるのだが。

感謝。

2008年7月22日 (火)

何とかする

「何とかする人」=ガルシアに手紙を届けられる人。
「ガルシアへの手紙(エルバート・ハバート著)」をオーディオブックで聴いてみて、一番印象に残った言葉がこの、「何とかする人」という言葉だった。

ガルシアとは、キューバをめぐって勃発したアメリカVSスペイン戦争の時の反スペイン軍のキューバの将校だ。当時のアメリカ大統領が早急にそのガルシアと連絡を取らねばならなかったのだが、郵便も届かないような山奥にそのガルシアはいたという。普通では連絡を取ることができない。しかし、絶対にガルシアと連絡を取り合い、協力してもらわねばならなかった。そこで呼び出されたのが、ローワンという男。
このローワンは命令を聞くや否や「分かりました」とだけ告げ、「つまらない質問」は一切せずにそこをすばやく立ち去り、途中命が危うくなりかけようとも、立ち上がり、見事ガルシアに大統領からの手紙を届けたのだ。
「つまらない質問」とは、「ガルシアはどこに?」とか「ガルシアはどんな人間?」とか「どうやったらガルシアに会えるのか?」などといった類の質問だ。
ローワンは何とかした。自分の力で何とかしたのだ。

何とかするその力こそがその人の持つ本当の力だと思った。つまり自助力だ。他人に頼らず、他人のせいにしないという意味だ。どんなに困難な仕事であっても、何とかする、何とかしようと最大限の努力をするのだ。そうい姿勢が人を呼ぶのだと思う。それが最初から人任せでは、人はそこには来ない。それは当事者意識が薄いということでもある。目の前のある事柄について、自分がすべきことにも関わらず、それでも当事者意識が薄いということは、その人の存在自体が薄い。
「何とかしてやろうじゃねえか」そういう気持ちを持ち続けたい。
一生懸命考え、一生懸命行動する。脳と身体に汗を掻くのだ。

つい先日担当したある有名人の講演会開催がまさしくそうだった。
時間は少ししかなかった。その少しの時間でゲストをブッキングし、告知プランを考え、実践し、集客しなければならない。また、講演会の内容自体も考えておかなければならなかった。誰と組むかもだ。その時ボクが思ったことがこの「何とかしてやろうじゃねえか」だった。一日の時間の中で少しでも時間が空けば、近隣の店や会社に炎天下の中、自転車でチラシとポスターを配りにも行った。考えて作って準備する。もちろん一人でできるわけではない。協力者もいた。やはり汗を掻いている姿を見てくれたのだと思う。逆の立場だったら、ボクもきっと汗を掻いている人に協力することを厭わないだろう。
この講演会を聴いてくれたお客様から「よかったよ。」といってくれただけで、この仕事を引き受けてよかったと思った。
それで失敗したら反省すればよい。命ある限り反省できる。

「何とかなる」は傍観者、人任せで人や世間のせいにする者。
「何とかする」はガルシアに手紙を届けられる者、つまり世の中から必要とされる者のことを言うのだと思う。

感謝。



2008年7月10日 (木)

行動

「史上最高のセミナー」をオーディオブックで聴いた。FeBeでの本の紹介にもあったように、セミナーというからには読むよりも聴く方が相応しいということは本当だった。この「史上最高のセミナー」の著者である、マイク・リットマン(共著者:ジェイソン・オーマン)は、アメリカの自己啓発ラジオ番組のパーソナリティ。本書ではこの番組にゲストとして招かれた9人の偉大なる成功者たちのサクセスストーリーが、番組内でマイクとの軽快なトーク形式で語られたままに、収められている。
数ある名言の中で、今のボクにピタッときたものの1つは、1-800-flowers.comの創業者、ジム・マッキャン氏の言葉でもある、
「思考プロセスを支配しているのは自分自身。行動するかしないかは全て自分自身の責任なんだよ」
行動は思考から生まれる、と思う。どう考えたかによって、次の一手が決まる。いくつかの選択肢があるならば、どれをどういう経緯で選んだかという思考プロセスによって、行動が決まる。それは、成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。でも、成功するためにとった行動であるならば、それは成功するのではないか。成功するか、失敗するか分からないような行動であるならば、最初からその行動は選ぶべきではない。成功するために、どう行動するのかという思考プロセスが大事なのだ、とボクはジム・マッキャン氏から学んだ。

また、「行動」という観点からは、チョコチップクッキーの会社「フェイマス・エイモス」を立ち上げたウォリー・“フェイマス”・エイモス氏は、
「初めからでも終わりからでも途中からでもいいから、行動を起こすんだ」
と説いている。
ただし、
「自分のアイディアに情熱を持ち、愛する」
ことが必要であり、その信念に基づいた行動であるべきだという。
行動さえすればよいということではないのだ。

そして、世界的大ベストセラー「こころのチキンスープ」の著者・ジャック・キャンフィールド氏(共著者:マーク・ビクターハンセン)は、
「世の中は考えにではなく、行動に報いる」
と説く。
何のための行動なのか?それは自分自身がどうなりたいのかという目標を実現させるための行動である。成功するための行動。

アメリカの偉大なるカリスマメンター、ジム・ローン氏はこう語る。
「何を手に入れたかではなく、どんな人間になれたか」
「億万長者になることを目標にするのは、そうなることによって自分自身がどうなるのかということが大事だからだ」

何を持っているかではなく、それを持っている自分自身がどんな人間なのか。だから、手に入れることが目標ではなく、それは自分自身がどうなるのかという実現のための手段であるということだ。

同じ意味のことを、前述のマーク・ビクターハンセン氏も言う。
「どれだけ大きなパイを取るのかではなく、どれだけ大きなパイを作ることができるか、だ」
手に入れることではなく、作り出すことこそが自己実現。
その方がスケールも大きいし、夢がある。

共通して言えるのは、自分自身がどうなりたいのかを明確にすべきだ、ということとその思いの度合がケタ違いに大きいということだ。そしてとことん考え、成功するための方法を見つけ出す。だから行動に起こせるのだ。

どうなりたいのかという目標とその道筋、プロセスのドラマ化「自分劇場」
監督:自分、脚本:自分、主演:自分。

感謝。

2008年7月 7日 (月)

思考と脳に関するアレコレ 「フレームワーク」と「2×2」

― フレームワークとは、現実を観察する方法を構成する仮定、概念、慣行の集まり ―
― 何かの概念や考え方を自分なりに束ねて整理して、考えやすくするもの、覚えやすくするものがフレームワークという考え方です。 ―

― フレームワークをたくさん持つということは、頭の中でさまざまな情報を処理し、判断し、意思決定を行う際に、その場に応じて最適な道具を使えるということです。 ―
(『ビジネス頭を創る7つのフレームワーク力』(勝間和代 著)より引用)

本書にはフレームワークがいくつも紹介されている。知っているものがいくつかあった。「マーケティングの4P」や「戦略の3C」、「PDCAサイクル」などなど、おなじみのものがけっこうある。こういうものがフレームワークというものだったのか。5W1Hまでもがフレームワークにある。フレームワークとは知らずに使っていた。


つまりフレームワークとは言葉、考え方の公式みたいなもので、これらを数多くマスターすることが、頭の引き出しを多く持つということになっていくのだろう。引き出しは3段より5段、8段、ワードローブ並みにあった方がいい。フレームワークを多く持ち合わせていると、自分自身の考えや行動のふり幅が広がる。

また、本書ではビジネス思考力を高めるための力として、「論理思考力」を挙げていた。
論理思考力を身につけるための基本として、MECE(もれなく、だぶりなく)に分類するクセをつけるとある。
そういえば初めてMECEという言葉に出会った時、何度か仕事でやってみた。最初の何回かは、とても歪な形になってしまった。ダブリがたくさん出た。モレだらけだったと思う。何度かやっているうちに、これはプレゼンのシナリオを作るためのものだと気づいた。(遅い!)だから、導入したいと思っている顧客管理システムについてや初めて出稿する媒体やら、映像の制作物やら、経営陣を説得するためのシナリオとしてこのMECEをいくどとなく活用した。成功したこともあったが、正直あまり上手くいかないなーと思っていた。

― 2×2のマトリクスから、MECEをつくる ―
― 最低限、2×2に整理する、あるいは既存のMECEな切り口を使って整理する ―

(『ビジネス頭を創る7つのフレームワーク力』(勝間和代 著)より引用)

それなら明日からでも出来そうだ。慣れもしないうち、はじめからMECEでいこうとしていたから、MECEを作ることが目的みたいになっているような気さえして、しばらく遠ざかってしまっていたけど、この2×2なら、そんなに時間もかからない。

もちろん自分自身で理解するための思考方法であることには違いないが、それだけでは不足だ。僕らはビジネスパーソンだから、相手とコミュニケーションをとらなければならない。相手とコミュニケーションをとるということは相手に自分を、自分の考え方を理解してもらわなければならない。また相手を理解することに努めなければならない。そのための思考力であり、その思考の過程、思考プロセスが大事なのだと思う。

ある課題について、『ザ・ゴール2 思考プロセス』にあった、UDE=好ましくない結果を列挙し、この2×2に分けられたら、どうだろう。さらに思考が進むかもしれない。つまり、あるUDEは、この2×2のマトリクスの中では、このマスに位置する事柄だと分かるだけでも、整理しやすくなるかもしれない。

最近、忙しいと嘆いていないで、そういう時こそ頭を整理すべきなのだ。そう、ボクのことだ。ボクの忙しさなど大したことはない。もっと、考えよう。仕事で疲れないようにするには、まず考えることだと思う。

感謝。

 

2008年7月 2日 (水)

思考と脳に関するアレコレ

ここ1ヶ月ばかり、思考と脳に関する知識について知ることに僕自身とても結びついているようだ。偶然でもあるような気がするし、自ら求めたことでもあるような気もする。
スタートは、『ザ・ゴール2 思考プロセス』(エリヤフ・ゴールドラット著/三本木 亮 訳)で思考プロセスを知ることから始まり、『ビジネス頭を創る7つのフレームワーク力』(勝間和代 著)でさらに思考について分かりやすく噛み砕いた。さらにFebeのオーディオブックで、『ブレインハックス―人生を3倍楽しむ脳科学』(佐々木正吾 著)をダウンロードし脳の特性や働きを垣間見ることができ、今日受講したある企業セミナーでは、脳の構造化により思考パターン、行動パターンが出来上がるということを知った。
たとえば、「ザ・ゴール2」ではこういう思考プロセスがあるということを本書から知った。

― <前提条件ツリー>(Preerequisite Tree) 
思考プロセスの「どのように変えればよいか(How to cause the change?)を考えるための手法で、目標を達成する過程で発生する障害(前提条件)とそれを克服する中間目標を展開する。 野心的な目標を達成しようというのに、なぜ障害を列挙することから始めるのか。逆効果と思われるかもしれない。 目標が大きい場合、自然と最終目標に達するための中間的な目標が生まれてくる。~列挙した障害1つ1つについて中間目標を設定すればよい。中間目標がすべて出揃ったところで、今度はこれを計画に変える作業に入った。
同時平行して達成できる中間目標はどれとどれか、きちんと順に並べて達成しないといけない中間目標はどれか、見極めなければいけなかった。―
(『ザ・ゴール2 思考プロセス』(エリヤフ・ゴールドラット著/三本木 亮 訳)解説及び本文より引用)

あくまでも目標があることが大原則だ。その目標を邪魔する障害を列挙→その1つ1つの障害をクリアするための中間目標をそれぞれ設定→中間目標を実現可能な計画に変えていく、といった思考プロセスを踏む。この前提条件ツリーを実践するためには、その前に基本的な思考プロセスを踏まなければならない。

肝心の目標を設定するためには、<現状問題構造ツリー>で現状の問題点(好ましくない結果=UDE:Undesirable Effects)を列挙し、因果関係を見つけ、根本的問題を発見する必要がある。その根本的問題を解決することこそが目標だ。

そして、次のステップとしては、<雲:対立解消図>によって、その根本的問題の原因となっている矛盾や対立(コンフリクト)を解消する。

さらに、矛盾やコンフリクトを解消したらどうなるかを<未来問題構造ツリー>を使って検証する。

その際に、新たに発生するマイナス面の問題<ネガティブ・ブランチ>が浮き彫りになる。

しかし、そのネガティブ・ブランチを解消する方法として、<前提条件ツリー>で1つ1つ中間目標を設定していく。要は「つぶしていく」という感覚だと思う。

そしていよいよ最終局面として、<移行ツリー>で中間目標をクリアしていくための行動を示す。ただし、これらの中間目標や行動は、時系列に順序立てていく必要があるという。

また、思考方法についてということであれば、アマゾンで購入した“勝間本”の新刊、『ビジネス頭を創る7つのフレームワーク力』(勝間和代 著)でも、さまざまな思考力について述べられている。本書では、フレームワークについてこう位置づける。

― フレームワークとは、現実を観察する方法を構成する仮定、概念、慣行の集まり ―

― 何かの概念や考え方を自分なりに束ねて整理して、考えやすくするもの、覚えやすくするものがフレームワークという考え方です。 ―

(『ビジネス頭を創る7つのフレームワーク力』(勝間和代 著)より引用)

これらフレームワークに関することは、先の『ザ・ゴール2 思考プロセス』にも通じることであろう。『フレームワーク力』でも、「ビジネス思考力で大事なことは、結論ではなく、プロセスだ」と述べられている。

ボクの思考と脳の小旅行はまだ始まったばかりだ。

感謝。

(続く)

2008年6月26日 (木)

下調べの楽しさ

今から13年前の夏だったと思う。当時離婚して計らずも独り身になったボクは、どうせなら独りでしかできないことをやろうと企んでいた。それがクルマに寝袋とキャンプ道具一切を詰め込んである場所(ある地域といった方がいいかもしれない)に行くことだった。ある場所・地域とは、東北地方のことだった。

ボクの一番好きな作家に高橋克彦氏がいて、高橋氏は盛岡出身。当時から東北地方を舞台にした小説をたくさん執筆されていて、ボクはそれらを何回も何回も読み耽っては、東北地方の行ったことのない色々な場所に思いを馳せていたのだ。中でも一番影響を受けたのは、NHK大河ドラマにもなった「炎立つ」や「竜の棺」だった。

大湯のストーンサークルを筆頭に、黒又山、十和利山、キリストの墓、亀ヶ岡遺跡、十三湖、福島城址、唐川城址、日吉神社、荒磯崎神社、三角山、竜飛崎、義経寺、中尊寺金色堂、毛越寺、衣川、達谷窟・・・(日本中央の碑には行けなかった・・・)。東北地方を舞台にした、古代から約1000年前の奥州藤原氏が滅びるまでのロマンをどうしても追い求めたいという衝動を抑えきれず、とうとう独り身で旅に出た。

ここでボクのその時の旅の思い出を津々浦々と書き連ねたいところだが、主旨から外れてしまうので、別の機会に委ねるとしよう(そういう機会があったらだが。それはそうと当時にもブログというものがあったならば、ボクは絶対書いていただろう)

行きたいと思ってから実際に行くまでの間にとったボクの行動は、まさしく「下調べ」だった。仕事から独り暮らすマンションに帰ると、夕食も食べずに(本当に食べていなかったため、血圧はドンっと下がり、病気になりかけた)買い漁った東北に関する歴史や地理や文化などの本を読んでは、重要な部分を父親から譲ってもらった東芝のワープロでパチパチと打ってはジジジジーーーと出力し(当時はインターネットはおろか、パソコンは無かった。少なくともボクの身の回りでは)、旅に出るための資料作りに没頭していた。その期間約半年ぐらいか。

それはそれは楽しいひと時だった。知らなかったことを知るという喜び。準備の中で発見したという驚き。だれからも制約を受けずにただひたすら自分のためだけにある満足感。何せ旅人はボク独りだ。この自分という孤独な旅人を満足させるのは自分自身なのだ。手は抜けない。綿密に計画を練り上げた。仕事以上に完璧な計画。当然ナビなど無いから地図を穴が開くほど見続け、ルートもほとんど暗記してしまった。(最初から東北自動車道ではなく、国道4号線をひたすら北上するルートに決めていた)だから、

― 旅行やデートなどの下調べ、下準備は、自分の楽しみのために、自分一人のためだけにするべきであって、それは本物の旅よりも楽しい。― (ブレインハックス―人生を3倍楽しむ脳科学(佐々木正吾 著)より引用)※オーディオブックより

という著者のいうことは、ボクにとっては何の疑いも無く正しい。脳は、そういう純粋な気持ちから起した下準備や下調べの間中、真実を求め、周辺情報を求め続けるらしいのだ。その「東北歴史ロマン紀行」の下準備下調べの時のボクの脳は、そういう状態だったに違いない。

― 脳は、予測と修正を好む ―(ブレインハックス―人生を3倍楽しむ脳科学(佐々木正吾 著)より引用)※オーディオブックより

本当の旅も、独りだが、気ままに・・・、ということではなく、事前にきっちりと練り上げた行程にもとづき、行動した。現場を踏み、実際の目で見て、「来たんだ」という感慨深い思いを得ると同時に、予め調べていたことで、「きっとこういうところだろう」と予測したことと違った場合は修正するということもあったと思う。ブレインハックスでは、思い出は二人で共有するためのものと言うが、残念ながら当時のボクには、思い出を共有する相手は存在しなかった・・・。

それはともかく、このようなナチュラルハイ状態を仕事の場面でどう作り出すことが出来るのか?それがボクのテーマである。そのためのひとつの手法として、このブログもあると思って、書いている。

感謝。

2008年6月22日 (日)

「何を」、「何に」変えるのか

前回に続いて、内容が重複するかもしれないが、もう一度思考プロセスについて考えていきたい。

仮に「根本的な問題」が見つかったとして、その根本的な問題をどういう手段を用いて、どういう変化をもたらしていくのかを考えるのが次のステップだと、「ザ・ゴール2 思考プロセス」 (エリヤフ・ゴールドラット・著)では教えてくれている。
つまり、「現状問題構造ツリー」で「何を」変えればよいかを見つけ出し→「対立解消図」で「何に」変えればよいかを考えるのである。

「現状問題構造ツリー」:問題解決にあたり、「何を変えれば最大の結果が得られるか」を明確にするための手法。
1.現状の問題点(好ましくない結果:Undesirable Effects=UDE)を列挙
2.UDEの因果関係を見つける
3.変えるべき根本的問題を見つけ出す

「対立解消図」=「雲」:現状問題構造ツリーで浮き彫りになった根本的問題の原因となっている矛盾や対立(コンフリクト)を解消するための手法。

(「It's Not Luck ザ・ゴール2 思考プロセス」 エリヤフ・ゴールドラット・著 三本木 亮・訳より引用)

この「ザ・ゴール2 思考プロセス」の中で、いくつもの思考プロセスが紹介されているが、この「現状問題構造ツリー」と「対立解消図=雲」の流れが、最も基本的な思考プロセスであると思われる。この流れを踏んでいかなければ、別の、例えば、「未来問題構造ツリー」や「前提条件ツリー」には行けないのである。

そのためには、現状をよく把握することから始める事が何よりの第一歩であるということは言うまでもないだろう。ここに一番時間をかけるべきかもとさえ思う。現状をよく把握するための第一歩は、好ましくない結果=UDEを列挙することだ。ザ・ゴール2の中では、アレックスが副社長を務めるグループ企業の現状の問題点=UDEを15項目挙げていたことから、最低でも10~15の問題点を列挙すべきだろう。その後、現状問題構造ツリーで関連付けていく過程で、新たなUDEも追加されていくことになる。

自分自身、この思考プロセスを実践するまでには至っていないが、活用していく価値は十分にあると思う。ビジネスにおいては、一人でじっくりとUDEを列挙しツリーを構築し、雲を解消していくこともいい。さらに時間があれば、部署内での会議でもこの過程をそっくり取り入れることもいいのではないかと思う。UDEを列挙するだけでも何時間かかかるかもしれない。あるいは、きっと既に取り入れている企業もあるはずだと思うが、研修合宿という形で、グループで討議していくという手段も有効だと思う。研修が研修で終わることなく、その企業の新たな取り組み=ビジネスモデルになり得ることをい前提にだ。

何を変えていくのか。
何に変えていくのか。
そして、どうやって変えるのか。
ビジネスの基本。

感謝。

 

2008年6月16日 (月)

根本的な問題

― 「<思考プロセス>では、こうした問題は1つひとつ独立した問題ではなく、むしろ原因と結果という強い因果関係で結びついていると考えています」 ―(“こうした問題”とは、ある状況や状態などにおける様々な数多くの雑多な問題のこと)
― 「この原因と結果の因果関係をちゃんと認識できるまでは、状況をはっきりと把握することはできません。ですから、まず最初にシステマティックな方法を用いて、その状況におけるすべての問題を関連づける因果関係を図に表します。この図を<現状問題構造ツリー>(Current Reality Tree)と呼びます。このツリーを構築できれば、問題すべてに1つひとつ対応する必要がないことがわかります。コアの部分には原因が一つか二つしかないからです」

―「一つか二つのコアの問題が他のすべての問題の原因なんです。問題のほとんどは症状であって、問題ではない。そうした症状のことを、私はUDE(Undesirable Effects:好ましくない結果)と呼んでいます。コアの問題を原因として派生する結果なんです」 ―
(「It's Not Luck ザ・ゴール2 思考プロセス」 エリヤフ・ゴールドラット・著 三本木 亮・訳より引用)

たくさん引用させてもらっているが、これはまだボクがまだまだこの<思考プロセス>を理解するに及んでいないということを意味する。だからまだボクはこの文章を書くべきではないのかもしれない。このザ・ゴール2は、ボクにとっては一つ一つ理解しながら読み進めていているせいで、かなり時間がかかっている。でも、理解している途中のボクの思考プロセスについてなら書けるのかもしれない。

ボクらはよくこういう場面に遭遇する。例えば会議の席でのことだ。一つのテーブルを囲んで、ある1つのマーケティングの課題について、ああだこうだ、ああでもないこうでもないと話しあっている。そんな時に決まって出てくるのが「そんな細かいことよりももっと根本的な問題について話し合うべきだ。」という発言。根本的な問題。つまりザ・ゴール2の中では、コアの問題ということになるのだが、こういうことを言う人間に限ってその根本的な問題ということが分かっていないケースが多いように思える。

根本的な問題が分からないから、細かな部分を出し合って、その根本的な問題に近づこうとしているのではないか。でも、その近づき方、つまりUEDを出し合い、現状問題構造ツリーを構築する方法が分からないから、時間もかかるし間違った結果を出し兼ねない。いや時間はかかってもいい。でも導き方を誤ると間違った結果を出してしまう恐れが大きくなってしまう。
時間をかけずに、いきなり結論を急ぎすぐに根本的な問題を片付けようとせっかちになってしまうが、まだそれはコアの問題に到達してはおらず、未だコアの問題を原因として派生する結果でしかない。つまりUEDの真っ只中にいるというわけだ。

やはりここはじっくりと向き合うことが必要なのだろう。そういえば、ちょうど今我が家では新車に買い換えるかどうかという問題に直面している。新車を買うことによって得られるメリットは何か?そして生じる問題とは何か?そもそも新車に乗り換えるという状況において、コアな問題はどこにあるのか?UEDを出し合い、現状問題構造ツリーを構築することができれば、ボクも妻も納得できるのかもしれない。でも、クルマを買うのに果たして「UED:好ましくない結果」などあるのか?それは分からない。でもとにかく我が家では話し合いが必要みたいだ。それだけは言える。

感謝。

2008年6月 9日 (月)

オーディオブック

ようやく今日の長崎へ出張する途中の車の中で、“一冊”の本を聴き終えた。そう、オーディオブックのことだ。
オーディオブックという存在は知ってはいたものの、本を朗読したものを聴くなんて、きっと退屈するに違いないと、ボクは「食わず嫌い」のように勝手に思い込んでいた。そこへ、「効率が10倍アップする新・知的生産術 ―自分をグーグル化する方法― (勝間和代・著)」でもこのオーディオブックが紹介されていたのを読み、「なんだかいいらしいぞ」と思い始めていた。最近、ボクも自転車通勤(たった15分だが)になったということもあり、いつか聴いてみようと思っていた矢先、ちょうどタイミングよく、以前、本でたいへん興味深く読むことができ、深く印象に残っていた「はじめての課長の教科書(酒井穣・著)」がオーディオブックになったことを知った。そこではじめて“FeBe”でオーディオブックダウンロードしてみたのだ。

「なんだかいいらしいぞ」という思いは間違ってはいなかった。とても集中できるのだ。脳を研ぎ澄ますという感覚かもしれない。
また、今回は一度本で読んだ作品を改めて音で聴いたため、「そうそう」とか「そうだったな、忘れてた」とか「そういうことだったのか」などなど、本の内容を再び呼び戻すことができた。
良い本であれば、実際の本とオーディオブックとで知識の補完をし合うという使い方もできる。
実際に同じ作品でも、以前読んだ時とは違う部分をクローズアップすることもできた。
今回は

― 周りが変化しているのに、自分だけが変化しないというのが一番危険 ―
やそれに続く、ダーウィンの言葉の引用も印象に残った。
―最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。―
「はじめての課長の教科書(酒井穣・著)」より引用

今まで本というものは読むものという固定概念があった。しかも、本を読むことに苦痛さえ感じていた時期も若い頃にはあった。でも、ここ数年は、本を読むことがとても楽しいし、知らなかったことを知ることに対して、喜びを感じる。そしてさらに音でも本を読めるのだということが分かった。これも自分自身の中での変化と呼べるものだろうか。

感謝。

2008年6月 5日 (木)

ボトルネックはどこだ?

― 「ボトルネックとは、その処理能力が、与えられている仕事量と同じか、それ以下のリソースのことだ。非ボトルネックは、逆に与えられている仕事量よりも処理能力が大きいリソースのことだ。」 ―

(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

工場長アレックス・ロゴの恩師であり、この工場の、いやアレックスとその仲間達のコンサルタント(=成功への伝道師と呼びたい)でもあるジョナの電話からの掛け声とともに、工場内では一斉にボトルネック探しが始まった。ここでも、シンプルな定義が功を奏している。シンプルだから皆に迷いや躊躇が無い。

― バランスをとらないといけないのは生産能力ではなくフロー ―
そして、
― 工場の本当の能力を決定するのは、ボトルネック ―

だから、
― ボトルネックを通過するフローを市場からの需要に合わせる ―

したがって、
― 生産システムから市場までのフローをボトルネックを使ってコントロールすべきだ ―
(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

例えば、1つのチームとして考えたとき、スーパースター=非ボトルネックと成り得る選手だけが、いくら頑張っていようとも、ボトルネックがそこについていけなかったらチームとしては成り立たない。チームの力を計るのに必要な要素はボトルネックであり、どれだけの割合でチームに影響を及ぼしているのかを考えなければならない。ボトルネックも非ボトルネックも一緒にチームとしてゴールをしなければ意味が無い。

アレックスの子供のボーイスカウトのハイキングでは、アレックスは子供達で一番歩くのが遅いハービーのスピードを調整しながら、ゴールを目指した。ハービーが遅れるとチーム全体のスピードが遅くなり、隊列も間延びしてしまう。この歩く列の間延びした長さをここでは「在庫」といっていた。列=在庫が長ければ長いほど、コストも余計にかかり、販売時にお金を作り出す割合「スループット」が減る。だから、歩く列の長さ=在庫を伸ばさずにコントロールすることが必要なのだ。企業の目的は、お金を儲ける事。そのためにはスループットを向上させなければならない。だから、コストがかかる在庫は短くなければならない。

ボトルネックは排除すべきではない。ボトルネックは上手くコントロールしながら全体の最適化を計るべきものだ、と思う。ボトルネックは必ず存在する。ボクの生活の中にも存在するのかもしれない。たとえば、自分が仕事をしている時間の中でのボトルネック。ボクは午後3時から5時ぐらいにかけて、極端に効率が悪くなったり、とても眠くなる時がある(けっこう頻繁に...)。だからあえてボクはこの時間帯は身体を使って倉庫を整理したり、机の周りを片付けたり、敢えて人に会い続けたり(連続アポを入れる。好きな話題で盛り上がったり、パワーを感じる人と打ち合わせを入れたり)と、なるべくPCに向かわないようにしている。

1つの仕事を行うのに一連の流れ=フローの中で、どうしても煮詰まったり、時間がかかったり、ミスを多発させたりする事も想定しておかなければならない。想定内のボトルネックとでも言うのか、とにかくアロアランスを考慮しておいた方が「その時」に慌てなくて済む。

ボクは最近までラグビーをやっていたのだが、試合の流れの中でもボトルネックはある。所謂「魔の後半開始10分」とかいうやつだ。ここで踏ん張って相手の攻撃に耐える、あるいは相手よりも先にトライを取る、そうしないと相手にしてやられてしまうという時間帯。また、どんなチームにもウィークポイントは存在する。フォワードが弱いとか、ディフェンスが苦手とか、キックが上手い選手がいない、スピードスター的な選手がおらず決定力に欠けるなどなど。そのチームのボトルネックをどうコントロールして非ボトルネックに負担を振り分けるか、それがチームの戦略になってくる。職場での部署内のビジネスとしての戦力を考える場合もきっと同様の考え方ができるのだろう。仮にボトルネックを排除しても、きっと新しいボトルネックを生み出すことになる。

そういえば以前読んだ本にも同様の事ではないかと思える内容が引用されていたのを思い出した。

― 非情に有能な社員がいても、部署にどうしようもないやつが一人いると、組織のレベルはきっと下がる。
 だが、蟻の集団の中にも、よく働く蟻と、働いていないように見える蟻がいて、怠け者を省いて働き者だけで新たに集団を作ると、結局、その中から何割か働かない蟻が出てくるという。組織とか集団というのはそういうもので、働いていないやつを切ったらよくなるかというと、よくならない。ここが難しい。
 ではどうしたらよいのか?下のレベルを向上させることしかない。
 力の劣る人間が一人いるとレベルは下がる。だが、それを凌駕する力もまた、人間の集団にはある。 ―
(「はじめての課長の教科書(酒井穣・著)」 作曲家の久石譲氏の「感動をつくれますか?」の中の言葉の紹介より引用)

ボトルネックを向上させると同時に、非ボトルネックの能力もさらに高めるという二面性が必要なんだと思う。
しばらくはボトルネックについて頭から離れなくなりそうだが、でも、どんなことをする上でも、特にビジネスについては、ボトルネックはどこなのか、ボトルネックは何なのか、そのボトルネックをどうコントロールしながら全体のパフォーマンスを高めていくのか、意識して探す努力はあったほうがよいし、していこうと思う。

感謝。

2008年6月 1日 (日)

Simple is best.

目標は極力、単純・明快・簡潔で、誰でも分かるものがよい。
それが、この「ザ・ゴール」の中に出てくる工場長のアレックスとその恩師ジョナ、そして工場の仲間達によって繰り広げられた物語から得た教えの1つだ。
― 企業の目標はお金を儲けることだ。―
― それ以外のすべては、その目標を達成するための手段。 ―

(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

こう言われると、とてもすっきりする。ボクの頭の中は、ピラミッドが描かれた。一番上の頂点に目標が光り、そこの到達する全ての数多くの筋は、下の底辺からその頂点に向かって真っ直ぐに伸びている。
どうやらボクはすぐに勘違いしやすいようだ。たくさんの「する」ことや「終えること」は目標ではなく、目標を達成するための手段だ。なのに、したこと、終えたことで目標を達成したと思ってやしないか?所謂自己満足。少し不安になる。

目標は定まった。目標を定めただけでは目標は達成しないということは言うまでもない。次に必要なのは、その目標を達成するための手段。ということになるのだが、その前に必要となるのは目標に近づいているかどうかを確認するための指標だ。ザ・ゴールでは、こう教えてくれている。

― 「お金を儲けるという目標を完璧な形で表すことができ、なおかつ工場を動かすための作業ルールの設定を可能にした指標だ。」 ―

― 「指標は三つあって、それぞれ「スループット」、「在庫」、「業務費用」と呼ぶことにした。 ―「スループット」とは、販売を通じてお金を作り出す割合のこと。「在庫」とは、販売しようとする物を購入するために投資したすべてのお金のこと。「業務費用」とは、在庫をスループットに変えるために費やすお金のこと。 ―

(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

指標は、もちろん業界によって異なるのかもしれないが、目標を達成するための指標を作り、その定義を明らかに、かつシンプルに定めることが、人に理解してもらい、人に動いてもらうための大事なポイントなんだと思う。それを繰り返し繰り返し説明し、理解を求め、確認し、修正する。
目標を定め、その目標に近づくために必要な指標を定め、明確に定義する。そして、それに基づいて手段を講じ、実行する。目標と指標がシンプルかつ明確なので、手段がたとえ複雑であっても、目標と指標に対してブレない。アレックスの工場では、それが出来たからこそ、ルーやボブ、ステーシーといった周囲のスタッフが様々な改善策を施しながら、積極果敢に実行し、閉鎖寸前の工場を短期で立ち直らせることに成功した。目標があったからこそ、それを理解したからこそ、変化を厭わない。変化することが目標ではなく、変化することは目標を達成するための手段だからだ。

企業の目標はお金を儲けること。その通りだ。では、ボクが身を置く業界、国公立・私立、民間全ての教育機関はどうなのだろう。いわゆる広義の意味での「学校」だ。学校の目標は 儲けることなのだろうか。それとも教育することなのだろうか。仮に学校の目標は「教育すること」と定義された場合、「儲けること」は手段となるのだろう か。つまり、教育を行うために儲ける。または学校の目標然り「儲けること」なのだろうか。その場合、教育することは手段となり、儲けるために教育を行 うということになる。

話が長くなったが、ボクは学校という教育事業も目標はお金を儲けることだと思う。教育事業で儲けるということは、よい教育をするとい うことと表裏一体だからだ。よい教育にしか人は対価を支払わない。少し視点は異なるが、大学の補助金でさえもよい研究をする大学や、定員を満たす大学に予 算をつける。つまり消費者も国も良い事にはお金を出す。今や学校は選ばれる時代。学校が生徒を選んでいた時代とは違う。良い教育をしなければ、選ばれない。つまり儲からない。 儲からなくても教育という事業をするのか?いや、儲からなければ学校は成り立たない。つまり教育への対価を支払う学生がいなければ、教育事業は破綻する。 つまり倒産。

「ザ・ゴール」。それぞれの企業で、業界で賛同し、取り入れることができるビジネスのバイブルにめぐり合った。決して敏腕なビジネスマンではないが、愚直に目標に向かって一直線に突っ走ったアレックスを自分に投影しながら、仕事のことを考えることができた。目標の定め方と指標作り。とても大事なことに気づいた。

感謝。

2008年5月24日 (土)

なりたい自分を想像する

前のブログで、ボクなりの見解としては学ぶ力とは好きになる力だということを述べた。好きなこと、好きになったことをとことん学び続けていくことで得た多くのスキルが、自分自身を高く大きく成長させていく糧となる。
東京ガスで社内ベンチャー「西山経営研究所」を設立した、西山昭彦氏はこう語る。
― 会社の中で自由にやりたいことを実現するためには、この「やりたいこと」の中身が重要です。1つは「やりたいこと」が本当に好きなことかどうか。もう1つは「やりたいこと」を自分で提案できるかどうかです。 ― (「日経ビジネス Associe 5/20号」より引用)

仕事の中には、やりたいこと、やりたくないこと、好きなこと、嫌いなこと、できること、できないことが混在していて、気がつくと、自分がどう思うかという以前の問題で、ただひたすら目の前のことの対応に追われてしまっていることが少なくない。昨日もそうだった。急遽入った午後の会議の資料作りに午前中いっぱいかかってしまっていた。目標はとにかく作り終えることのみだった。自分がプレゼンする案件だったからまだ救われるが。でもそれはボク自身が決めたことではなかった。

さらに西山氏は、会社で自由を手に入れるために知っておくべきこととして以下のようにも教えてくれている。

― 1つは自分の持つ専門スキルが会社の中で一番であること。2つ目は、会社に利益をもたらしていること。3つ目は、その分野が自分に一番合っていることです。―(同誌より引用)

この3つの条件があってはじめて、「ああ、その件だったらあの部署のアイツが一番詳しい。アイツに相談してみよう。」と、自他共にその道で認められているということになるのだろう。でもいきなり3つも条件が整うことは困難だ。だから、とっかかりとすれば、まず会社でそのことについては「一番好き」であるということから始めてみるのがいい。好きを原動力に、バネにしていくのだ。

でも、何か1つ足りなくはないか。
そう、目標だ。
いや、願望といってもいいかもしれない。
つまり自分は「どうなりたいのか?」ということだ。

同誌にも紹介されていた、

― 素晴らしい仕事をしたいなら、選択肢はただ1つ、あなたがすることを愛するしかない。」
―(スタンフォード大学卒業生に向けた、スティーブ・ジョブス氏のスピーチより)

このことは、「こうなりたい、こうしたい。」という自らの心から沸き出てくる強い感情によって愛することができるのだと思う。

今のボクにとって一番必要なことだ。

感謝。

2008年5月20日 (火)

「学力」=「好きになる力」

ボクが本を読む理由って何だろう、と考えてみた時に、それは、「学び」を学ぶためではないだろうか、というところにたどり着いた。ボクがここでいう「学び」とは、いくつかある。
1つは、学ぼうという意欲。人間学ぼうと思わなくなったら、脳も心も、もしかすると身体まで一気に衰えてしまいそうな気がする。その学ぶ意欲を持ち続けるためにも本を読む。
次 に知識、ノウハウを知るため。インプットだ。その時々で、身につけなければならない知識、身につけたい方法は違うだろうが、まず活字から入っていくことで ボクにはスムーズに頭に入っていく。本を読みながらも、WEBも併用するのだが、WEBだけだと読む」というよりも「見る」方にどうしても「比重がかかっ てしまう。
そして、さらにもう1つは、身につけたことや感じたことを今後の自分にどう活かすのかということ。つまりアウトプット。それはそれで間違ってはいないはずだけど、ボクはまだまだきっと軽い。

― 「本当に対象のことが好きなのかどうなのか、とにかく相当勉強してみないとわからないんだよ」 ― (「私塾のすすめ―ここから創造が生まれる」 斉藤孝/梅田望夫・著 <以下、私塾のすすめ> 梅田氏の言葉から引用)

例えば学ぶ意欲とはどこから来るのだろう。きっとそれは学ぶ事柄が「好き」だからこそ意欲がふつふつと無限大に広がってくるのだろう。「仕事だから・・・」とか「人に言われたから・・・」では意欲も低い。いや、理由が仕事であったとしても、人から言われて渋々だったとしても、きっかけは何であれ、その対象の事をだんだんと好きになっていければよい。でも、好きになるためには、梅田氏の言うように相当勉強しないと判断できない。

― とにかく、仕事の対象への愛情がないとサバイバルできない。いやいや仕事している、長時間やるのが苦痛だという仕事では、これからは競争力が出ない時代なのだと思います。―(「私塾のすすめ」 梅田氏の言葉から引用)

今のボクの仕事、やっていてどうなのだろう?スキ?キライ?オモシロイ?ツマラナイ?どれも今はピタッとは言えないけれど、好きになっている途中段階だということだけは言えそうだ。それはまた好きになろうと努力しているということでもある。初めから好きであれば言うこと無いのだけれど。いや、きっかけは好きだからだったはずだ、確かに。でも今思うと、その好き度合が足りなかったのだろう。言い換えれば、腹の決め方が甘かったということだ。

「好き」になるためには、その対象をよく知るということが挙げられると思う。好きになるためには相手をよく知るということ。知れば知るほど好きになる。まるで恋愛だ。でも根っこの部分は同じだと思う。そうやって、知り続けること、その結果好きになること、学び続けることでどこまで好きになれるのか?それをボクは勝手に「好きになる力」と呼びたい。

知識がつき、好きになれば、行動にも変化が起こる。今までのやり方を改め、新しいやり方を試してみたくなる。それで結果が良ければ、学ぶ力にもさらに加速がつく。好きになる力も拡大する。そのように、行動を伴う本の読み方をしていきたい。

感謝。


2008年5月16日 (金)

破壊

もしかしたら、Googleは破壊しようとしているのではなく、僕らユーザーに破壊させようとしているのではないか?
何を破壊させようとしているのか、それは生活習慣や仕事習慣、時間の使い方など、今まで良しとしてきた今までの自分のやり方をだと思う。
それが、ボクが「グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する」(佐々木俊尚著)を読んだボクなりの仮説だ。

グーグルニュース、グーグルマップ、Gメール、グーグルブックサーチ、そしてグーグルベース・・・。当たり前だが、これらを使うか使わないか、使うとしたらどう使うのか、それは全てユーザーに委ねられる。
グーグルニュースでは、例えばアメリカの一地方で発行されている発行部数何千部の地方新聞も全世界で読むことが可能となった。誰が読むのかといえば、ボクらだ。
Gメールは、1GBもの保存容量があるウェブブラウザ上で動くメールサービスだ。これはボク自身も使っている。グーグルマップでは、マウスでクリックしたり、ドラッグしたりしながら、拡大・縮小、上下・左右、写真と地図の入れ替えなど自由自在だ。それらソフトはボクらが使う。ボクはこのグーグルマップが大好きだ。仕事中でもつい見てしまうクセがあるほどだ。グーグルマップに静かに興奮しているといった感じだ。

そして、これらのサービスは無料で提供されている。Googleがボクらの目の前に現れてくれたのだ。
全世界でとてつもなく多くの人間達がこれらGoogleのサービスをいわば熱狂的に利用し、今までの自分たちのやり方をいとも簡単に破壊していった。その行動は津波のようにあっという間に全世界に広がっていったのだろう。

無料だからというだけで凄いのではない。これら無料のGoogleのサービスに集まる不特定大多数のユーザーに対し、ある企業や団体(個人も)がピンポイントで広告を打つことができる、いわゆるキーワード広告「アドワーズ」や「アドセンス」の効果とクライアントの数が凄いのだと思う。効果絶大だから自ずとクライアントの数も増える。
尤もキーワード広告を最初に考えたのはGoogleではなく、Googleとキーワード広告の天下を分け合ったオーバーチュア創設者である、ビル・グロスだった。それをGoogleが「アドワーズ」として追随し、技術力で突き放す。

― Google 2005年度第3四半期決算
売上高15億7845万6000ドル、うちアドワーズ+アドセンス合計額15億5969万1000ドル、98.8%をこの2つの広告が占めているのだ。 ―

2つの広告とはもちろんキーワード広告だが、単なる検索エンジン企業だけではなく、巨大な広告代理店と呼ばれる所以だ。

今までの古い体質から脱却、古いやり方を破壊するだけの圧倒的パワーを秘めたGoogleのこのキーワード広告により、実際に今までのやり方・考え方を破壊し、そして成功を収めた。
東京都大田区の羽田空港パーキングや福井県のメッキ工場などの日本の例が紹介されている。この2社も既存の概念を覆し、それまでのビジネスの常識を破壊したからこそ、成功したのだと思う。誰が成功に導いたのかといえば、Googleのキーワード広告だ。キーワード広告による影響があまりにも大きくなってきていることから、「サーチエコノミー(検索経済」とも呼ばれている。

もう一度繰り返させて頂くと、Googleは破壊しようとしているのではなく、僕らユーザーに破壊させようとしているのではないか?破壊するかしないかはユーザーがGoogleという破壊兵器をどうやって使いこなすかにかかっている。

本書では、アメリカの調査企業IDCのレポートが以下のように紹介されている
― 「破壊的なビジネスモデルが加速することで、新たな状況が生まれる」(『2006年IT業界予測』 レポート) ―
―より大きな影響としておそらく出てくるのは、古い企業が『破壊者グーグル』に対抗するために自分自身のビジネスモデルを破壊していくという状況だろう ―

Googleは確かに「破壊者」だと思う。Google自身も自らの力でIT業界を破壊した。そしてまた、ユーザー自身のそれまでのビジネスモデルやライフスタイルを破壊するのは、ユーザーである自分自身なのである。何とかしたい、変えたいと思うのであれば、の話だが。

世界を変えていくには、まず自分自身を変えていく、つまり今までの自分自身を破壊していくことが必要なのだろう。自分自身を変えられるのはGoogleではない、自分自身だけだ。Googleがそれを身を以って教えてくれているような気がする。

感謝。

この色の文章は、「グーグル Google 既存のビジネスを破壊する」(佐々木俊尚・著)より引用。

2008年5月10日 (土)

年収1000万円

― 「インディ」とは、精神的にも、経済的にも周りに依存しない、自立した生き方です。 ―
勝間和代さん著・「勝間和代のインディペンデントな生き方実践ガイド」では、そう伝えている。もともと女性に向けて発信されている言葉だとは思うのだが、ボクは男に置き換えてこの本に目を読んでみた。
インディと称される女性の条件として、年収600万円以上を挙げているが、これは男性に置き換えると年収1000万円だそうだ。ボクはまだ届いていない。まだボクは「インディ」な男性ではない。
以前、何年かぶりに先輩に会って飲んだ席で言っていた「俺もとうとう1000万円プレーヤーだよ。」という言葉を思い出す。
国税庁「給与実態統計調査」によると、1年を通じて勤務した給与所得者は、平成18年度において4485万人。うち男性は2745万人。この男性のうち年収1000万円以上の人は207万人で7.5%の割合だそうだ。

「勝間和代のインディ~」を読んで、愕然とした。1000万円以上の年収でないと自立した男性とはいえないということか。そしてまた、同時にこう思った、「では、どうすれば1000万円プレーヤー、すなわちインディになれるのか。」
本書によると、
― 1.じょうぶな心 2.学び続ける力 ―
がインディに導く法則だと説いている。
じょうぶな心―。つまり周りに依存しない、甘えないということだ。
本書でも、甘えとは、自己責任を取らない甘え、リスクや決断を避けようとするということと教えてくれている。会社でも責任回避、ことなかれ主義を行く者だということだろうか。
ボクが思う1000万円を稼ぐ人物像は、好きなことで仕事をしており、または現在の仕事が好きになっており、その仕事が得意であり、そしてその仕事を天職だと思え、その仕事をやりきるだけの専門的なスキルが備わり、人望もあり、故に責任を取るだけの力がある、というようにイメージする。
嫌いな仕事、大して面白くもない仕事ではなかなか自立は出来ないだろう。第一それでは成長できない。なんせ嫌いなのだから、面白くないし、力もつかない。
― 自分の力がつくことで、自然と他人に対しても余裕ができて、優しく振舞えるようになるため、周りの人から慕われるようになります。そして、周りの人が、陰に陽に、いろいろと助けてくれるようになるのです。 ―
インディは、仕事ができ、学び続ける意欲があり、他人に優しくなれ、他人から慕われるのだ。いいことばかりが身の回りに起きてくる、毎日が楽しくて仕方が無い感じだ。

ところで、何度もこのブログで繰り返しているが、ボクの願いは「仕事へのやりがい、意欲、楽しみ、達成感を手に入れる」ということだ。
そのための指針の1つとして、今の仕事にも大いに関係してくる「ネットマーケティングを極める。」ということを実践している。なぜならば50歳、つまり約10年後にも自分の仕事に生きがいを見出し、ネットマーケティングや仕事のことをキラキラと楽しそうに話す、そんなオヤジになっていたいからだ。そして、今はまだ幼い子供達にいずれは「父ちゃんカッコイイ!」といわれたい。
つまりこれが、インディな男となり年収1000万円を稼ぐということの1つのモデルなのかもしれない。
お金が全てではない、でもいいのではないか?「1000万円稼ぎたい」と思っても。

そんなインディな男を目指そうと決めたからには、勝間さんが掲げる「インディになるための6つの約束」を実行していくことだ。
― 「じょうぶな心」のために
約束1・愚痴を言わない 
約束2・笑う、笑う、笑う
約束3・姿勢を整える
「学び続ける力」のために
約束4・手帳を持ち歩く
約束5・本やCDを持ち歩く
約束6・ブログを開く ―

約束4~6は既に実践しているが、以外にじょうぶな心の方が難しい。職場でもつい愚痴を言ってはいないか?気がつけば眉間にしわ寄せていないか?知らず知らずのうちにダラーっとした姿勢で椅子に座ってPC打っていないか?最初は意識してやることだ。
誰のため?そう自分のためにだ。

勝間さんが出演する、明日の情熱大陸を観るためのよい予習ができた。

感謝。

この色は、「勝間和代のインディペンデントな生き方実践ガイド」(勝間和代著)より引用










2008年5月 3日 (土)

「伝える」ではなく「伝わる」こと

まだ20代のころの話だ。前職でボクら若きマネージャー達が、創業者から事あるたびに聞いた言葉がある。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」
つまり、本気さを伝えなければ、誰もついてこないぞ、お前は今本気か?という意味で、どんなシーンでもこの言葉を引用していたのを覚えている。頭から離れない言葉だ。
ボクはてっきりその創業者自身の言葉だとばかり思っていたのだが、第2次世界大戦で戦死した山本五十六元帥の言葉だと、日経ビジネス「Associe」に東国原宮崎県知事のインタビューの中で紹介されていた。今さらながら知った。
ある日は徹夜でボクに付き添いパンフレット作りに助言してくれたり、転勤した後も顔を合わすたびにボクに声をかけて心配してくれたりする等、ボクの人生の中で一番大きな影響を与えてくれたであろうその創業者は、70歳を手前にしてこの世を去り、やがてボクもその会社を退職した。
本気1000%の人だった。だからボクも必死についていった。
思えば、人を動かす天才でもあった。

人を動かすということでは、PRの大手の会社プラップジャパンの杉田敏社長は同誌の中で次のように言う。
― コミュニケーションとは、「何を伝えたか」ではなく、「何が伝わり、どんなアクションを取ってくれたか。」つまり、伝えることの最終目的は「人を動かす」ことなんですよ。 ―
「伝える」ことはあくまでも手段であって、最終目的は相手が「どう受け止め、どう動いてくれたか」ということを教えてくれている。
周りにもいないだろうか。一方的に伝えるだけ伝えてしまったことで、それで満足してしまっている人。いえば人は(事は)当然自分のいう通りになってくれると思い込んでいる人。特に自分はできると自負している女性に多い(と思う)。
逆に、「これぐらい言わなくても分かるだろう。言わないのが悪いのではない、分からないのが悪いのだ。」と謂わんばかりの態度で接する人。特に定年間近の後があまりない世代に多い(と思う)。コミュニケーションゼロだ。

― 「プレゼンは聞き手にプレゼントを届けることです。」 ―
プレゼンテーション専門コンサルタントの田中省三さんが言う様に、言いたいことだけを一方的にまくし立てるのではなく、何を相手に届けるのか?贈り物は何なのか?相手にどんな反応をしてもらうことを良しとするのか?を意識することが大切だと痛感する。ボクにも苦い経験がいくつもあった。仕事柄自社の経営者に直接プレゼンをすることが多い。何度玉砕したことか。資料は膨大になっているのだが、結局何も見せないまま終わってしまうことが何度あったことか。きっと、決済をもらうことばかりが先行し、経営者に何を伝えたいのかということを疎かにしてしまっているのだろう。来週もプレゼンの機会があるのだが、何をプレゼントしようか。何かサプライズを用意してみようか。「伝える」ことではなく「伝わる」ことが大事なのだろう。重要なプレゼンを前に、相手の事を考えてわくわくしたいものだ。

感謝。

この色の文章は「日経ビジネスAssocie5/6号」より引用。






2008年4月28日 (月)

日本の監督

今のボクにとって、ロールモデルともいうべきリーダーがいる。早稲田大学ラグビー蹴球部・中竹竜二監督その人だ。ちょうど前回のブログで、酒井穣さんが書かれた「はじめての課長の教科書」について書かせてもらったが、中竹監督のリーダーシップ論や組織論も、企業での課長の役割とも繋がっていそうだ。
中竹監督は、学生時代、ワセダのキャプテンとして部を率い、大学選手権準優勝の戦跡を残した。ちなみにワセダのキャプテンになる前までは、ただの一度もAチームで公式戦に出たことが無かったらしい。それでも周囲の、当時の中竹監督を推す者が多かったという。そして、クラブ日本一のタマリバクラブの創設にも関わった。ある高校でのラグビー部創設にもゼネラルマネージャーとして関わった。他も含めラグビーへの功績は高かった。にしても、あの「カリスマ」ワセダの前監督・清宮監督(現・サントリーサンゴリアス監督)の跡を任されたのだ。相当に骨の折れる仕事に違いない。周囲の誹謗中傷、部員の反発も想像以上に大きなものだっただろう。それを見事、就任2年目で大学日本一の座を奪取したのだ。そしてまた、次も日本一を期待されている。
どうしてだろう。どうしてそれができたのだろうか。中竹監督の著書「監督に期待するな 早稲田ラグビー『フォロワーシップ』の勝利」を読み進めると、たくさんのヒントがあった。
― 時代や世の中の期待に応えない。これが私の考えるリーダーシップだ。 ―
― スタイルの確立こそが、これからのリーダーに必要な条件だ。 ―

これだけを引用すると、会社や世の中がどうであろうとかまわない、自分流で行く。みたいに誤解されるかもしれないがそうではない。前述でいえば、20人の部下の20人の願うリーダー像全てに応えることは誰にもできないし、それにリーダーシップ像は画一的ではない。また、スタイルとは一貫性やこだわり、「らしさ」という事である。
以前のこのブログでも中竹監督について書かせてもらったが、「戦うべきでないものとは絶対に戦わない」という中竹監督の言葉を紹介させてもらった。ボクの勝手な想像だが、きっと中竹監督にとっての最大の戦うべきでないものとは清宮・前監督だったのではないか?つまり、清宮監督と同じ土俵には立たない、同じことをやっても負ける。清宮前監督は、周囲を圧倒させるオーラがあり、簡単に言ってしまえば「俺についてこい」タイプ(だと思う)。中竹監督が同じようにしても、同じようにはならない。だからこそ独自のスタイル「らしさ」が必要なのだろう。それは弱いからということではない。中竹監督がいうようにスタイルはナンバーワンではなくオンリーワンなのだ。
また、中竹監督は、「日本一オーラのない監督」というキャッチフレーズを自分につけることで自分自身のスタイルを確立していった。非カリスマ的スタイルの確立だ。ワセダの脱・清宮を計ったということだろう。それはまた、リーダーシップよりもフォロワーシップを発揮させるための組織作りだ。リーダーが誰であろうと、誰に代わろうとフォロワー(リーダーの周りにいるスタッフ)がしっかりしていればそのチームは絶対にブレない、潰れないという考え方だ。
そのために、中竹監督は、自分自身へのスタイルを確立させると同時に、各部員とじっくり話し合いながら、納得させながら、部員一人ひとりのスタイルをも確立させていく。例えば、フォワード(FW)の橋本という選手がいた。その彼に、同じFWでもプロップ(スクラム最前列)からロック(長身・スクラムの背骨)へと違うポジションにコンバートさせ、見事開花させた。ディフェンスのスキルが急上昇した田邊という選手を、芽の出なかったバックス(BK)のポジションのフルバックやスタンドオフからセンターへ転向させ、ディフェンス力強化に成功させた。もちろん本人達も満足してのびのびと与えられたポジションで身体を張っている。つまり、一人ひとりの得意な部分を発見し、よりさらに上を目指させ、選手も納得・満足して戦っている。チームもより強化された。
これは、一人ひとりのモチベーションの向上と維持という部分にそっくり当てはまる。「課長の教科書」に書かれていたことと同じだ。ただ頑張れ、やる気を出せ、では無い。一人ひとりの可能性を見出し、今よりももっと高みを目指せるよう、一人ひとりとじっくり話し合いながら新しいこと・新しい仕事にチャレンジさせ、そして成功させる。モチベーションの管理とはこういうことを言うのだろうと思う。
さらに、試合では、選手達にマッチ・スローガン(テーマ)を与えている。ある日の試合では「ノーラックラグビー」ラックに持ち込まず、立ったままプレーしてボールを継続させる。倒れない戦い方だ。またある試合では「連続コミュニケーション」、また「原点回帰」、「チーム・コンセンサス」などなど。試合の出来不出来は、勝ったか負けたかという点数上のことのほかに、このマッチ・スローガンの到達点も評価される。ビジネスの世界でも、プロジェクト1つ1つにマッチ・スローガンがあってしかるべきだ。ところが、テーマや課題が無いままに、やることそのものが目的になってしまうシーンのなんと多いことか。そこに重要性を見出せない、見出そうとしない上司についてしまえば、きっとスタッフのモチベーションは上がらないだろう。今までボクはどうだったのか。部下を持った経験はもちろんあるけれど、モチベーションという部分に一歩踏み込んで考えをめぐらせていたのだろうか。そう振り返ると怖い。
最後に来シーズンのワセダ、中竹竜二監督の采配に注目したい。

感謝。

この色の文章は、「監督に期待するな 早稲田ラグビー『フォロワーシップ』の勝利」(中竹竜二著)より引用。