ボトルネックはどこだ?
― 「ボトルネックとは、その処理能力が、与えられている仕事量と同じか、それ以下のリソースのことだ。非ボトルネックは、逆に与えられている仕事量よりも処理能力が大きいリソースのことだ。」 ―
(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)
工場長アレックス・ロゴの恩師であり、この工場の、いやアレックスとその仲間達のコンサルタント(=成功への伝道師と呼びたい)でもあるジョナの電話からの掛け声とともに、工場内では一斉にボトルネック探しが始まった。ここでも、シンプルな定義が功を奏している。シンプルだから皆に迷いや躊躇が無い。
― バランスをとらないといけないのは生産能力ではなくフロー ―
そして、
― 工場の本当の能力を決定するのは、ボトルネック ―
だから、
― ボトルネックを通過するフローを市場からの需要に合わせる ―
したがって、
― 生産システムから市場までのフローをボトルネックを使ってコントロールすべきだ ―
(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)
例えば、1つのチームとして考えたとき、スーパースター=非ボトルネックと成り得る選手だけが、いくら頑張っていようとも、ボトルネックがそこについていけなかったらチームとしては成り立たない。チームの力を計るのに必要な要素はボトルネックであり、どれだけの割合でチームに影響を及ぼしているのかを考えなければならない。ボトルネックも非ボトルネックも一緒にチームとしてゴールをしなければ意味が無い。
アレックスの子供のボーイスカウトのハイキングでは、アレックスは子供達で一番歩くのが遅いハービーのスピードを調整しながら、ゴールを目指した。ハービーが遅れるとチーム全体のスピードが遅くなり、隊列も間延びしてしまう。この歩く列の間延びした長さをここでは「在庫」といっていた。列=在庫が長ければ長いほど、コストも余計にかかり、販売時にお金を作り出す割合「スループット」が減る。だから、歩く列の長さ=在庫を伸ばさずにコントロールすることが必要なのだ。企業の目的は、お金を儲ける事。そのためにはスループットを向上させなければならない。だから、コストがかかる在庫は短くなければならない。
ボトルネックは排除すべきではない。ボトルネックは上手くコントロールしながら全体の最適化を計るべきものだ、と思う。ボトルネックは必ず存在する。ボクの生活の中にも存在するのかもしれない。たとえば、自分が仕事をしている時間の中でのボトルネック。ボクは午後3時から5時ぐらいにかけて、極端に効率が悪くなったり、とても眠くなる時がある(けっこう頻繁に...)。だからあえてボクはこの時間帯は身体を使って倉庫を整理したり、机の周りを片付けたり、敢えて人に会い続けたり(連続アポを入れる。好きな話題で盛り上がったり、パワーを感じる人と打ち合わせを入れたり)と、なるべくPCに向かわないようにしている。
1つの仕事を行うのに一連の流れ=フローの中で、どうしても煮詰まったり、時間がかかったり、ミスを多発させたりする事も想定しておかなければならない。想定内のボトルネックとでも言うのか、とにかくアロアランスを考慮しておいた方が「その時」に慌てなくて済む。
ボクは最近までラグビーをやっていたのだが、試合の流れの中でもボトルネックはある。所謂「魔の後半開始10分」とかいうやつだ。ここで踏ん張って相手の攻撃に耐える、あるいは相手よりも先にトライを取る、そうしないと相手にしてやられてしまうという時間帯。また、どんなチームにもウィークポイントは存在する。フォワードが弱いとか、ディフェンスが苦手とか、キックが上手い選手がいない、スピードスター的な選手がおらず決定力に欠けるなどなど。そのチームのボトルネックをどうコントロールして非ボトルネックに負担を振り分けるか、それがチームの戦略になってくる。職場での部署内のビジネスとしての戦力を考える場合もきっと同様の考え方ができるのだろう。仮にボトルネックを排除しても、きっと新しいボトルネックを生み出すことになる。
そういえば以前読んだ本にも同様の事ではないかと思える内容が引用されていたのを思い出した。
― 非情に有能な社員がいても、部署にどうしようもないやつが一人いると、組織のレベルはきっと下がる。
だが、蟻の集団の中にも、よく働く蟻と、働いていないように見える蟻がいて、怠け者を省いて働き者だけで新たに集団を作ると、結局、その中から何割か働かない蟻が出てくるという。組織とか集団というのはそういうもので、働いていないやつを切ったらよくなるかというと、よくならない。ここが難しい。
ではどうしたらよいのか?下のレベルを向上させることしかない。
力の劣る人間が一人いるとレベルは下がる。だが、それを凌駕する力もまた、人間の集団にはある。 ―
(「はじめての課長の教科書(酒井穣・著)」 作曲家の久石譲氏の「感動をつくれますか?」の中の言葉の紹介より引用)
ボトルネックを向上させると同時に、非ボトルネックの能力もさらに高めるという二面性が必要なんだと思う。
しばらくはボトルネックについて頭から離れなくなりそうだが、でも、どんなことをする上でも、特にビジネスについては、ボトルネックはどこなのか、ボトルネックは何なのか、そのボトルネックをどうコントロールしながら全体のパフォーマンスを高めていくのか、意識して探す努力はあったほうがよいし、していこうと思う。
感謝。



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