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2008年6月

2008年6月26日 (木)

下調べの楽しさ

今から13年前の夏だったと思う。当時離婚して計らずも独り身になったボクは、どうせなら独りでしかできないことをやろうと企んでいた。それがクルマに寝袋とキャンプ道具一切を詰め込んである場所(ある地域といった方がいいかもしれない)に行くことだった。ある場所・地域とは、東北地方のことだった。

ボクの一番好きな作家に高橋克彦氏がいて、高橋氏は盛岡出身。当時から東北地方を舞台にした小説をたくさん執筆されていて、ボクはそれらを何回も何回も読み耽っては、東北地方の行ったことのない色々な場所に思いを馳せていたのだ。中でも一番影響を受けたのは、NHK大河ドラマにもなった「炎立つ」や「竜の棺」だった。

大湯のストーンサークルを筆頭に、黒又山、十和利山、キリストの墓、亀ヶ岡遺跡、十三湖、福島城址、唐川城址、日吉神社、荒磯崎神社、三角山、竜飛崎、義経寺、中尊寺金色堂、毛越寺、衣川、達谷窟・・・(日本中央の碑には行けなかった・・・)。東北地方を舞台にした、古代から約1000年前の奥州藤原氏が滅びるまでのロマンをどうしても追い求めたいという衝動を抑えきれず、とうとう独り身で旅に出た。

ここでボクのその時の旅の思い出を津々浦々と書き連ねたいところだが、主旨から外れてしまうので、別の機会に委ねるとしよう(そういう機会があったらだが。それはそうと当時にもブログというものがあったならば、ボクは絶対書いていただろう)

行きたいと思ってから実際に行くまでの間にとったボクの行動は、まさしく「下調べ」だった。仕事から独り暮らすマンションに帰ると、夕食も食べずに(本当に食べていなかったため、血圧はドンっと下がり、病気になりかけた)買い漁った東北に関する歴史や地理や文化などの本を読んでは、重要な部分を父親から譲ってもらった東芝のワープロでパチパチと打ってはジジジジーーーと出力し(当時はインターネットはおろか、パソコンは無かった。少なくともボクの身の回りでは)、旅に出るための資料作りに没頭していた。その期間約半年ぐらいか。

それはそれは楽しいひと時だった。知らなかったことを知るという喜び。準備の中で発見したという驚き。だれからも制約を受けずにただひたすら自分のためだけにある満足感。何せ旅人はボク独りだ。この自分という孤独な旅人を満足させるのは自分自身なのだ。手は抜けない。綿密に計画を練り上げた。仕事以上に完璧な計画。当然ナビなど無いから地図を穴が開くほど見続け、ルートもほとんど暗記してしまった。(最初から東北自動車道ではなく、国道4号線をひたすら北上するルートに決めていた)だから、

― 旅行やデートなどの下調べ、下準備は、自分の楽しみのために、自分一人のためだけにするべきであって、それは本物の旅よりも楽しい。― (ブレインハックス―人生を3倍楽しむ脳科学(佐々木正吾 著)より引用)※オーディオブックより

という著者のいうことは、ボクにとっては何の疑いも無く正しい。脳は、そういう純粋な気持ちから起した下準備や下調べの間中、真実を求め、周辺情報を求め続けるらしいのだ。その「東北歴史ロマン紀行」の下準備下調べの時のボクの脳は、そういう状態だったに違いない。

― 脳は、予測と修正を好む ―(ブレインハックス―人生を3倍楽しむ脳科学(佐々木正吾 著)より引用)※オーディオブックより

本当の旅も、独りだが、気ままに・・・、ということではなく、事前にきっちりと練り上げた行程にもとづき、行動した。現場を踏み、実際の目で見て、「来たんだ」という感慨深い思いを得ると同時に、予め調べていたことで、「きっとこういうところだろう」と予測したことと違った場合は修正するということもあったと思う。ブレインハックスでは、思い出は二人で共有するためのものと言うが、残念ながら当時のボクには、思い出を共有する相手は存在しなかった・・・。

それはともかく、このようなナチュラルハイ状態を仕事の場面でどう作り出すことが出来るのか?それがボクのテーマである。そのためのひとつの手法として、このブログもあると思って、書いている。

感謝。

2008年6月22日 (日)

「何を」、「何に」変えるのか

前回に続いて、内容が重複するかもしれないが、もう一度思考プロセスについて考えていきたい。

仮に「根本的な問題」が見つかったとして、その根本的な問題をどういう手段を用いて、どういう変化をもたらしていくのかを考えるのが次のステップだと、「ザ・ゴール2 思考プロセス」 (エリヤフ・ゴールドラット・著)では教えてくれている。
つまり、「現状問題構造ツリー」で「何を」変えればよいかを見つけ出し→「対立解消図」で「何に」変えればよいかを考えるのである。

「現状問題構造ツリー」:問題解決にあたり、「何を変えれば最大の結果が得られるか」を明確にするための手法。
1.現状の問題点(好ましくない結果:Undesirable Effects=UDE)を列挙
2.UDEの因果関係を見つける
3.変えるべき根本的問題を見つけ出す

「対立解消図」=「雲」:現状問題構造ツリーで浮き彫りになった根本的問題の原因となっている矛盾や対立(コンフリクト)を解消するための手法。

(「It's Not Luck ザ・ゴール2 思考プロセス」 エリヤフ・ゴールドラット・著 三本木 亮・訳より引用)

この「ザ・ゴール2 思考プロセス」の中で、いくつもの思考プロセスが紹介されているが、この「現状問題構造ツリー」と「対立解消図=雲」の流れが、最も基本的な思考プロセスであると思われる。この流れを踏んでいかなければ、別の、例えば、「未来問題構造ツリー」や「前提条件ツリー」には行けないのである。

そのためには、現状をよく把握することから始める事が何よりの第一歩であるということは言うまでもないだろう。ここに一番時間をかけるべきかもとさえ思う。現状をよく把握するための第一歩は、好ましくない結果=UDEを列挙することだ。ザ・ゴール2の中では、アレックスが副社長を務めるグループ企業の現状の問題点=UDEを15項目挙げていたことから、最低でも10~15の問題点を列挙すべきだろう。その後、現状問題構造ツリーで関連付けていく過程で、新たなUDEも追加されていくことになる。

自分自身、この思考プロセスを実践するまでには至っていないが、活用していく価値は十分にあると思う。ビジネスにおいては、一人でじっくりとUDEを列挙しツリーを構築し、雲を解消していくこともいい。さらに時間があれば、部署内での会議でもこの過程をそっくり取り入れることもいいのではないかと思う。UDEを列挙するだけでも何時間かかかるかもしれない。あるいは、きっと既に取り入れている企業もあるはずだと思うが、研修合宿という形で、グループで討議していくという手段も有効だと思う。研修が研修で終わることなく、その企業の新たな取り組み=ビジネスモデルになり得ることをい前提にだ。

何を変えていくのか。
何に変えていくのか。
そして、どうやって変えるのか。
ビジネスの基本。

感謝。

 

2008年6月16日 (月)

根本的な問題

― 「<思考プロセス>では、こうした問題は1つひとつ独立した問題ではなく、むしろ原因と結果という強い因果関係で結びついていると考えています」 ―(“こうした問題”とは、ある状況や状態などにおける様々な数多くの雑多な問題のこと)
― 「この原因と結果の因果関係をちゃんと認識できるまでは、状況をはっきりと把握することはできません。ですから、まず最初にシステマティックな方法を用いて、その状況におけるすべての問題を関連づける因果関係を図に表します。この図を<現状問題構造ツリー>(Current Reality Tree)と呼びます。このツリーを構築できれば、問題すべてに1つひとつ対応する必要がないことがわかります。コアの部分には原因が一つか二つしかないからです」

―「一つか二つのコアの問題が他のすべての問題の原因なんです。問題のほとんどは症状であって、問題ではない。そうした症状のことを、私はUDE(Undesirable Effects:好ましくない結果)と呼んでいます。コアの問題を原因として派生する結果なんです」 ―
(「It's Not Luck ザ・ゴール2 思考プロセス」 エリヤフ・ゴールドラット・著 三本木 亮・訳より引用)

たくさん引用させてもらっているが、これはまだボクがまだまだこの<思考プロセス>を理解するに及んでいないということを意味する。だからまだボクはこの文章を書くべきではないのかもしれない。このザ・ゴール2は、ボクにとっては一つ一つ理解しながら読み進めていているせいで、かなり時間がかかっている。でも、理解している途中のボクの思考プロセスについてなら書けるのかもしれない。

ボクらはよくこういう場面に遭遇する。例えば会議の席でのことだ。一つのテーブルを囲んで、ある1つのマーケティングの課題について、ああだこうだ、ああでもないこうでもないと話しあっている。そんな時に決まって出てくるのが「そんな細かいことよりももっと根本的な問題について話し合うべきだ。」という発言。根本的な問題。つまりザ・ゴール2の中では、コアの問題ということになるのだが、こういうことを言う人間に限ってその根本的な問題ということが分かっていないケースが多いように思える。

根本的な問題が分からないから、細かな部分を出し合って、その根本的な問題に近づこうとしているのではないか。でも、その近づき方、つまりUEDを出し合い、現状問題構造ツリーを構築する方法が分からないから、時間もかかるし間違った結果を出し兼ねない。いや時間はかかってもいい。でも導き方を誤ると間違った結果を出してしまう恐れが大きくなってしまう。
時間をかけずに、いきなり結論を急ぎすぐに根本的な問題を片付けようとせっかちになってしまうが、まだそれはコアの問題に到達してはおらず、未だコアの問題を原因として派生する結果でしかない。つまりUEDの真っ只中にいるというわけだ。

やはりここはじっくりと向き合うことが必要なのだろう。そういえば、ちょうど今我が家では新車に買い換えるかどうかという問題に直面している。新車を買うことによって得られるメリットは何か?そして生じる問題とは何か?そもそも新車に乗り換えるという状況において、コアな問題はどこにあるのか?UEDを出し合い、現状問題構造ツリーを構築することができれば、ボクも妻も納得できるのかもしれない。でも、クルマを買うのに果たして「UED:好ましくない結果」などあるのか?それは分からない。でもとにかく我が家では話し合いが必要みたいだ。それだけは言える。

感謝。

2008年6月 9日 (月)

オーディオブック

ようやく今日の長崎へ出張する途中の車の中で、“一冊”の本を聴き終えた。そう、オーディオブックのことだ。
オーディオブックという存在は知ってはいたものの、本を朗読したものを聴くなんて、きっと退屈するに違いないと、ボクは「食わず嫌い」のように勝手に思い込んでいた。そこへ、「効率が10倍アップする新・知的生産術 ―自分をグーグル化する方法― (勝間和代・著)」でもこのオーディオブックが紹介されていたのを読み、「なんだかいいらしいぞ」と思い始めていた。最近、ボクも自転車通勤(たった15分だが)になったということもあり、いつか聴いてみようと思っていた矢先、ちょうどタイミングよく、以前、本でたいへん興味深く読むことができ、深く印象に残っていた「はじめての課長の教科書(酒井穣・著)」がオーディオブックになったことを知った。そこではじめて“FeBe”でオーディオブックダウンロードしてみたのだ。

「なんだかいいらしいぞ」という思いは間違ってはいなかった。とても集中できるのだ。脳を研ぎ澄ますという感覚かもしれない。
また、今回は一度本で読んだ作品を改めて音で聴いたため、「そうそう」とか「そうだったな、忘れてた」とか「そういうことだったのか」などなど、本の内容を再び呼び戻すことができた。
良い本であれば、実際の本とオーディオブックとで知識の補完をし合うという使い方もできる。
実際に同じ作品でも、以前読んだ時とは違う部分をクローズアップすることもできた。
今回は

― 周りが変化しているのに、自分だけが変化しないというのが一番危険 ―
やそれに続く、ダーウィンの言葉の引用も印象に残った。
―最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。―
「はじめての課長の教科書(酒井穣・著)」より引用

今まで本というものは読むものという固定概念があった。しかも、本を読むことに苦痛さえ感じていた時期も若い頃にはあった。でも、ここ数年は、本を読むことがとても楽しいし、知らなかったことを知ることに対して、喜びを感じる。そしてさらに音でも本を読めるのだということが分かった。これも自分自身の中での変化と呼べるものだろうか。

感謝。

2008年6月 5日 (木)

ボトルネックはどこだ?

― 「ボトルネックとは、その処理能力が、与えられている仕事量と同じか、それ以下のリソースのことだ。非ボトルネックは、逆に与えられている仕事量よりも処理能力が大きいリソースのことだ。」 ―

(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

工場長アレックス・ロゴの恩師であり、この工場の、いやアレックスとその仲間達のコンサルタント(=成功への伝道師と呼びたい)でもあるジョナの電話からの掛け声とともに、工場内では一斉にボトルネック探しが始まった。ここでも、シンプルな定義が功を奏している。シンプルだから皆に迷いや躊躇が無い。

― バランスをとらないといけないのは生産能力ではなくフロー ―
そして、
― 工場の本当の能力を決定するのは、ボトルネック ―

だから、
― ボトルネックを通過するフローを市場からの需要に合わせる ―

したがって、
― 生産システムから市場までのフローをボトルネックを使ってコントロールすべきだ ―
(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

例えば、1つのチームとして考えたとき、スーパースター=非ボトルネックと成り得る選手だけが、いくら頑張っていようとも、ボトルネックがそこについていけなかったらチームとしては成り立たない。チームの力を計るのに必要な要素はボトルネックであり、どれだけの割合でチームに影響を及ぼしているのかを考えなければならない。ボトルネックも非ボトルネックも一緒にチームとしてゴールをしなければ意味が無い。

アレックスの子供のボーイスカウトのハイキングでは、アレックスは子供達で一番歩くのが遅いハービーのスピードを調整しながら、ゴールを目指した。ハービーが遅れるとチーム全体のスピードが遅くなり、隊列も間延びしてしまう。この歩く列の間延びした長さをここでは「在庫」といっていた。列=在庫が長ければ長いほど、コストも余計にかかり、販売時にお金を作り出す割合「スループット」が減る。だから、歩く列の長さ=在庫を伸ばさずにコントロールすることが必要なのだ。企業の目的は、お金を儲ける事。そのためにはスループットを向上させなければならない。だから、コストがかかる在庫は短くなければならない。

ボトルネックは排除すべきではない。ボトルネックは上手くコントロールしながら全体の最適化を計るべきものだ、と思う。ボトルネックは必ず存在する。ボクの生活の中にも存在するのかもしれない。たとえば、自分が仕事をしている時間の中でのボトルネック。ボクは午後3時から5時ぐらいにかけて、極端に効率が悪くなったり、とても眠くなる時がある(けっこう頻繁に...)。だからあえてボクはこの時間帯は身体を使って倉庫を整理したり、机の周りを片付けたり、敢えて人に会い続けたり(連続アポを入れる。好きな話題で盛り上がったり、パワーを感じる人と打ち合わせを入れたり)と、なるべくPCに向かわないようにしている。

1つの仕事を行うのに一連の流れ=フローの中で、どうしても煮詰まったり、時間がかかったり、ミスを多発させたりする事も想定しておかなければならない。想定内のボトルネックとでも言うのか、とにかくアロアランスを考慮しておいた方が「その時」に慌てなくて済む。

ボクは最近までラグビーをやっていたのだが、試合の流れの中でもボトルネックはある。所謂「魔の後半開始10分」とかいうやつだ。ここで踏ん張って相手の攻撃に耐える、あるいは相手よりも先にトライを取る、そうしないと相手にしてやられてしまうという時間帯。また、どんなチームにもウィークポイントは存在する。フォワードが弱いとか、ディフェンスが苦手とか、キックが上手い選手がいない、スピードスター的な選手がおらず決定力に欠けるなどなど。そのチームのボトルネックをどうコントロールして非ボトルネックに負担を振り分けるか、それがチームの戦略になってくる。職場での部署内のビジネスとしての戦力を考える場合もきっと同様の考え方ができるのだろう。仮にボトルネックを排除しても、きっと新しいボトルネックを生み出すことになる。

そういえば以前読んだ本にも同様の事ではないかと思える内容が引用されていたのを思い出した。

― 非情に有能な社員がいても、部署にどうしようもないやつが一人いると、組織のレベルはきっと下がる。
 だが、蟻の集団の中にも、よく働く蟻と、働いていないように見える蟻がいて、怠け者を省いて働き者だけで新たに集団を作ると、結局、その中から何割か働かない蟻が出てくるという。組織とか集団というのはそういうもので、働いていないやつを切ったらよくなるかというと、よくならない。ここが難しい。
 ではどうしたらよいのか?下のレベルを向上させることしかない。
 力の劣る人間が一人いるとレベルは下がる。だが、それを凌駕する力もまた、人間の集団にはある。 ―
(「はじめての課長の教科書(酒井穣・著)」 作曲家の久石譲氏の「感動をつくれますか?」の中の言葉の紹介より引用)

ボトルネックを向上させると同時に、非ボトルネックの能力もさらに高めるという二面性が必要なんだと思う。
しばらくはボトルネックについて頭から離れなくなりそうだが、でも、どんなことをする上でも、特にビジネスについては、ボトルネックはどこなのか、ボトルネックは何なのか、そのボトルネックをどうコントロールしながら全体のパフォーマンスを高めていくのか、意識して探す努力はあったほうがよいし、していこうと思う。

感謝。

2008年6月 1日 (日)

Simple is best.

目標は極力、単純・明快・簡潔で、誰でも分かるものがよい。
それが、この「ザ・ゴール」の中に出てくる工場長のアレックスとその恩師ジョナ、そして工場の仲間達によって繰り広げられた物語から得た教えの1つだ。
― 企業の目標はお金を儲けることだ。―
― それ以外のすべては、その目標を達成するための手段。 ―

(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

こう言われると、とてもすっきりする。ボクの頭の中は、ピラミッドが描かれた。一番上の頂点に目標が光り、そこの到達する全ての数多くの筋は、下の底辺からその頂点に向かって真っ直ぐに伸びている。
どうやらボクはすぐに勘違いしやすいようだ。たくさんの「する」ことや「終えること」は目標ではなく、目標を達成するための手段だ。なのに、したこと、終えたことで目標を達成したと思ってやしないか?所謂自己満足。少し不安になる。

目標は定まった。目標を定めただけでは目標は達成しないということは言うまでもない。次に必要なのは、その目標を達成するための手段。ということになるのだが、その前に必要となるのは目標に近づいているかどうかを確認するための指標だ。ザ・ゴールでは、こう教えてくれている。

― 「お金を儲けるという目標を完璧な形で表すことができ、なおかつ工場を動かすための作業ルールの設定を可能にした指標だ。」 ―

― 「指標は三つあって、それぞれ「スループット」、「在庫」、「業務費用」と呼ぶことにした。 ―「スループット」とは、販売を通じてお金を作り出す割合のこと。「在庫」とは、販売しようとする物を購入するために投資したすべてのお金のこと。「業務費用」とは、在庫をスループットに変えるために費やすお金のこと。 ―

(「ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か(エリヤフ・ゴールドラット著)」より引用)

指標は、もちろん業界によって異なるのかもしれないが、目標を達成するための指標を作り、その定義を明らかに、かつシンプルに定めることが、人に理解してもらい、人に動いてもらうための大事なポイントなんだと思う。それを繰り返し繰り返し説明し、理解を求め、確認し、修正する。
目標を定め、その目標に近づくために必要な指標を定め、明確に定義する。そして、それに基づいて手段を講じ、実行する。目標と指標がシンプルかつ明確なので、手段がたとえ複雑であっても、目標と指標に対してブレない。アレックスの工場では、それが出来たからこそ、ルーやボブ、ステーシーといった周囲のスタッフが様々な改善策を施しながら、積極果敢に実行し、閉鎖寸前の工場を短期で立ち直らせることに成功した。目標があったからこそ、それを理解したからこそ、変化を厭わない。変化することが目標ではなく、変化することは目標を達成するための手段だからだ。

企業の目標はお金を儲けること。その通りだ。では、ボクが身を置く業界、国公立・私立、民間全ての教育機関はどうなのだろう。いわゆる広義の意味での「学校」だ。学校の目標は 儲けることなのだろうか。それとも教育することなのだろうか。仮に学校の目標は「教育すること」と定義された場合、「儲けること」は手段となるのだろう か。つまり、教育を行うために儲ける。または学校の目標然り「儲けること」なのだろうか。その場合、教育することは手段となり、儲けるために教育を行 うということになる。

話が長くなったが、ボクは学校という教育事業も目標はお金を儲けることだと思う。教育事業で儲けるということは、よい教育をするとい うことと表裏一体だからだ。よい教育にしか人は対価を支払わない。少し視点は異なるが、大学の補助金でさえもよい研究をする大学や、定員を満たす大学に予 算をつける。つまり消費者も国も良い事にはお金を出す。今や学校は選ばれる時代。学校が生徒を選んでいた時代とは違う。良い教育をしなければ、選ばれない。つまり儲からない。 儲からなくても教育という事業をするのか?いや、儲からなければ学校は成り立たない。つまり教育への対価を支払う学生がいなければ、教育事業は破綻する。 つまり倒産。

「ザ・ゴール」。それぞれの企業で、業界で賛同し、取り入れることができるビジネスのバイブルにめぐり合った。決して敏腕なビジネスマンではないが、愚直に目標に向かって一直線に突っ走ったアレックスを自分に投影しながら、仕事のことを考えることができた。目標の定め方と指標作り。とても大事なことに気づいた。

感謝。

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